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2020年度シンポジウム

2022年6月20日更新

(詳細は『生活社会科学研究』27号参照)

2020年度生活社会科学研究会シンポジウムは、「『緊急』シンポジウム『COVID-19と社会科学』」というタイトルで、2020年11月5日にオンラインで開催されました。COVID-19感染拡大をめぐる社会としての対応を、わたしたちはどのように理解しうるのかという現在進行形のチャレンジングな課題に対して、生活社会科学講座の小谷眞男先生(生活法学、比較法史、イタリア法文化論)、大森正博先生(消費者経済学、公共経済学、医療経済学)のお二人にご講演いただきました。
小谷先生は「COVID-19とイタリア―『医療崩壊』から第2波制御まで」と題して、2020年春のCOVID-19感染の第一波から、8月後半からの第2波の時期のイタリア社会の状況についてご講演くださいました。イタリアでは2020年3月に欧州で先駆けて全国規模のロックダウンが実施されます。感染者数を州別でみると、北部・ロンバルディア州が突出しており、イタリアで最も豊かで、市民文化の点でも最も進んだ地域で「医療崩壊」が起こります。2020年3月時点で、ICU病棟からは患者があふれ、医療スタッフにも感染が広がり、病院の機能がストップし、死者が急増し、棺が教会のキャパシティーを超えて町の広場に並べられる、そうした状況はイタリア中(・世界中)に広く報道されて、人びとに少なくないショックを与えたということです。そのような状況に対してイタリア政府は、緊急事態宣言を出して対策に必要な予算措置を柔軟におこなえるようにすると同時に、緊急法律命令(decreto-legge)を頻発(乱発)し、議会の承認なしに数多くの法規を制定しました。この点についてはイタリア社会においても、それは政治の死ではないかという議論があるというご指摘がありました。さらに、ロンバルディア州での医療の崩壊によって、医療や福祉の民営化や分権化を進める「ロンバルディア・モデル」に対しても反省的な目が向けられているとのことです。先生のご講演は、上記のようなイタリア社会の状況について、豊富な疫学的データや現地の様子を伝える写真とともにお伝えくださるものでした。また、ご講演のところどころで、イタリア人らしいジョーク(ex. マスクがなければオレンジがあるじゃないか!という発想でオレンジをマスク代わりにするという「シチリア風マスク」など)もご紹介くださり、COVID-19に対するイタリアの人びとの向き合い方、のようなものも垣間見ることができました。
大森先生は「経済学と感染症—Covid-19とオランダの施策」と題して、2020年2月に初めての感染者が確認されてから、2020年9月以降の感染の第二波の時期にかけての、オランダ社会の対応についてご講演くださいました。オランダでは、国土の約26%が海抜以下にあるため、治水の問題が常に生活上の差し迫った重要な課題でした。社会的な課題に対して、人びとの話し合いと協力によってプラグマティック(現実的)に解決策を見出す姿勢をもつオランダで、COVID-19に対してどのような対応策が採られているのか、という大変興味深い問いが提示されました。オランダ政府によってとられた政策的措置は大きく2つあり、第一にCOVID-19感染症の予防と治療体制の確立、第二に景気の悪化に対する経済政策でした。第一の政策的措置におけるキーワードは、「知性あるロックダウン」です。これは2020年3月にマルク・ルッテ首相から発せられたものですが、その後もオランダの対応を象徴するキーワードであるようです。「知性あるロックダウン」とは、国民、事業者に対して生活上および行動上のルールを提示し、一部のルールの違反に対しては罰則を設定して、それを守るように促すものです。罰則を科す事案は最小限とし、規則の遵守について「大人の対応」をとることを呼びかけるものでした。この呼びかけに対して、相当数の国民が各々の合理的判断のもと、政府の指示にしたがう行動をとったという調査結果があると同時に、感染の制御に関しては1か月程度の時間を要したというご指摘がありました。第二の政策的措置としての経済政策については、短期的には所得補償、所得補助政策をおこない、中・長期的には政府が信用保証をおこなうことで企業の借入等の資金調達を容易にし、経営を存続できるように援助するというものです。こうした景気対策についても、効果がでるまでには時間がかかるというご指摘がありました。大森先生のご講演は、経済学の視点からオランダを事例に、感染症に対して社会としてどのような対応を採りうるのかをご説明くださるものでもあり、多くの社会が直面するCOVID-19をめぐる対応のジレンマの背景についても、理解が深まるものでした。
お二人の先生方から熱いご講演をいただいたため、議論の時間は十分にとれませんでしたが、フロアからは、翻って日本の人びとの行動は「知性・連帯」といえるものなのか、あるいは同調圧力のようなものが人びとを動かしているといえるのか、という問いが出されました。イタリア・オランダという異なる2つの社会のCOVID-19への対応を学ぶなかで、あらためて日本社会について考える貴重な機会をいただきました。

文責:西村純子

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